Нацумэ Сосэки – 吾輩は猫である / Ваш покорный слуга кот. Книга для чтения на японском языке (страница 7)
「御苦労だった。出来たかえ」御師匠さんはやはり留守ではなかったのだ。
「はい遅くなりまして、仏師屋《ぶっしや》へ参りましたらちょうど出来上ったところだと申しまして」「どれお見せなさい。ああ奇麗に出来た、これで三毛も浮かばれましょう。金《きん》は剥《は》げる事はあるまいね」「ええ念を押しましたら上等を使ったからこれなら人間の位牌《いはい》よりも持つと申しておりました。……それから猫誉信女《みょうよしんにょ》の誉の字は崩《くず》した方が恰好《かっこう》がいいから少し劃《かく》を易《か》えたと申しました」「どれどれ早速御仏壇へ上げて御線香でもあげましょう」
三毛子は、どうかしたのかな、何だか様子が変だと蒲団の上へ立ち上る。チ ン南無猫誉信女《なむみょうよしんにょ》、南無阿弥陀仏《なむあみだぶつ》南無阿弥陀仏と御師匠さんの声がする。
「御前も回向《えこう》をしておやりなさい」
チ ン南無猫誉信女南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と今度は下女の声がする。吾輩は急に動悸《どうき》がして来た。座蒲団の上に立ったまま、木彫《きぼり》の猫のように眼も動かさない。
「ほんとに残念な事を致しましたね。始めはちょいと風邪《かぜ》を引いたんでございましょうがねえ」「甘木さんが薬でも下さると、よかったかも知れないよ」「一体あの甘木さんが悪うございますよ、あんまり三毛を馬鹿にし過ぎまさあね」「そう人様《ひとさま》の事を悪く云うものではない。これも寿命《じゅみょう》だから」
三毛子も甘木先生に診察して貰ったものと見える。
「つまるところ表通りの教師のうちの野良猫《のらねこ》が無暗《むやみ》に誘い出したからだと、わたしは思うよ」「ええあの畜生《ちきしょう》が三毛のかたきでございますよ」
少し弁解したかったが、ここが我慢のしどころと唾《つば》を呑んで聞いている。話しはしばし途切《とぎ》れる。
「世の中は自由にならん者でのう。三毛のような器量よしは早死《はやじに》をするし。不器量な野良猫は達者でいたずらをしているし……」「その通りでございますよ。三毛のような可愛らしい猫は鐘と太鼓で探してあるいたって、二人《ふたり》とはおりませんからね」
二匹と云う代りに二《ふ》たりといった。下女の考えでは猫と人間とは同種族ものと思っているらしい。そう云えばこの下女の顔は吾等|猫属《ねこぞく》とはなはだ類似している。
「出来るものなら三毛の代りに……」「あの教師の所の野良《のら》が死ぬと御誂《おあつら》え通りに参ったんでございますがねえ」
御誂え通りになっては、ちと困る。死ぬと云う事はどんなものか、まだ経験した事がないから好きとも嫌いとも云えないが、先日あまり寒いので火消壺《ひけしつぼ》の中へもぐり込んでいたら、下女が吾輩がいるのも知らんで上から蓋《ふた》をした事があった。その時の苦しさは考えても恐しくなるほどであった。白君の説明によるとあの苦しみが今少し続くと死ぬのであるそうだ。三毛子の身代《みがわ》りになるのなら苦情もないが、あの苦しみを受けなくては死ぬ事が出来ないのなら、誰のためでも死にたくはない。
「しかし猫でも坊さんの御経を読んでもらったり、戒名《かいみょう》をこしらえてもらったのだから心残りはあるまい」「そうでございますとも、全く果報者《かほうもの》でございますよ。ただ慾を云うとあの坊さんの御経があまり軽少だったようでございますね」「少し短か過ぎたようだったから、大変御早うございますねと御尋ねをしたら、月桂寺《げっけいじ》さんは、ええ利目《ききめ》のあるところをちょいとやっておきました、なに猫だからあのくらいで充分浄土へ行かれますとおっしゃったよ」「あらまあ……しかしあの野良なんかは……」
吾輩は名前はないとしばしば断っておくのに、この下女は野良野良と吾輩を呼ぶ。失敬な奴だ。
「罪が深いんですから、いくらありがたい御経だって浮かばれる事はございませんよ」
吾輩はその後《ご》野良が何百遍繰り返されたかを知らぬ。吾輩はこの際限なき談話を中途で聞き棄てて、布団《ふとん》をすべり落ちて椽側から飛び下りた時、八万八千八百八十本の毛髪を一度にたてて身震《みぶる》いをした。その後《ご》二絃琴《にげんきん》の御師匠さんの近所へは寄りついた事がない。今頃は御師匠さん自身が月桂寺さんから軽少な御回向《ごえこう》を受けているだろう。
近頃は外出する勇気もない。何だか世間が慵《もの》うく感ぜらるる。主人に劣らぬほどの無性猫《ぶしょうねこ》となった。主人が書斎にのみ閉じ籠《こも》っているのを人が失恋だ失恋だと評するのも無理はないと思うようになった。
鼠《ねずみ》はまだ取った事がないので、一時は御三《おさん》から放逐論《ほうちくろん》さえ呈出《ていしゅつ》された事もあったが、主人は吾輩の普通一般の猫でないと云う事を知っているものだから吾輩はやはりのらくらしてこの家《や》に起臥《きが》している。この点については深く主人の恩を感謝すると同時にその活眼《かつがん》に対して敬服の意を表するに躊躇《ちゅうちょ》しないつもりである。御三が吾輩を知らずして虐待をするのは別に腹も立たない。今に左甚五郎《ひだりじんごろう》が出て来て、吾輩の肖像を楼門《ろうもん》の柱に刻《きざ》み、日本のスタンランが好んで吾輩の似顔をカンヴァスの上に描《えが》くようになったら、彼等|鈍瞎漢《どんかつかん》は始めて自己の不明を恥《は》ずるであろう。
三
三毛子は死ぬ。黒は相手にならず、いささか寂寞《せきばく》の感はあるが、幸い人間に知己《ちき》が出来たのでさほど退屈とも思わぬ。せんだっては主人の許《もと》へ吾輩の写真を送ってくれと手紙で依頼した男がある。この間は岡山の名産|吉備団子《きびだんご》をわざわざ吾輩の名宛で届けてくれた人がある。だんだん人間から同情を寄せらるるに従って、己《おのれ》が猫である事はようやく忘却してくる。猫よりはいつの間《ま》にか人間の方へ接近して来たような心持になって、同族を糾合《きゅうごう》して二本足の先生と雌雄《しゆう》を決しようなどと云《い》う量見は昨今のところ毛頭《もうとう》ない。それのみか折々は吾輩もまた人間世界の一人だと思う折さえあるくらいに進化したのはたのもしい。あえて同族を軽蔑《けいべつ》する次第ではない。ただ性情の近きところに向って一身の安きを置くは勢《いきおい》のしからしむるところで、これを変心とか、軽薄とか、裏切りとか評せられてはちと迷惑する。かような言語を弄《ろう》して人を罵詈《ばり》するものに限って融通の利《き》かぬ貧乏性の男が多いようだ。こう猫の習癖を脱化して見ると三毛子や黒の事ばかり荷厄介にしている訳には行かん。やはり人間同等の気位《きぐらい》で彼等の思想、言行を評隲《ひょうしつ》したくなる。これも無理はあるまい。ただそのくらいな見識を有している吾輩をやはり一般|猫児《びょうじ》の毛の生《は》えたものくらいに思って、主人が吾輩に一言《いちごん》の挨拶もなく、吉備団子《きびだんご》をわが物顔に喰い尽したのは残念の次第である。写真もまだ撮《と》って送らぬ容子《ようす》だ。これも不平と云えば不平だが、主人は主人、吾輩は吾輩で、相互の見解が自然|異《こと》なるのは致し方もあるまい。吾輩はどこまでも人間になりすましているのだから、交際をせぬ猫の動作は、どうしてもちょいと筆に上《のぼ》りにくい。迷亭、寒月諸先生の評判だけで御免|蒙《こうむ》る事に致そう。
今日は上天気の日曜なので、主人はのそのそ書斎から出て来て、吾輩の傍《そば》へ筆硯《ふですずり》と原稿用紙を並べて腹這《はらばい》になって、しきりに何か唸《うな》っている。大方草稿を書き卸《おろ》す序開《じょびら》きとして妙な声を発するのだろうと注目していると、ややしばらくして筆太《ふでぶと》に「こういっしゅと」かいた。はてな詩になるか、俳句になるか、こういっしゅととは、主人にしては少し洒落《しゃれ》過ぎているがと思う間もなく、彼はこういっしゅとを書き放しにして、新たに行《ぎょう》を改めて「さっきから天然居士《てんねんこじ》の事をかこうと考えている」と筆を走らせた。筆はそれだけではたと留ったぎり動かない。主人は筆を持って首を捻《ひね》ったが別段名案もないものと見えて筆の穂を甞《な》めだした。唇が真黒になったと見ていると、今度はその下へちょいと丸をかいた。丸の中へ点を二つうって眼をつける。真中へ小鼻の開いた鼻をかいて、真一文字に口を横へ引張った、これでは文章でも俳句でもない。主人も自分で愛想《あいそ》が尽きたと見えて、そこそこに顔を塗り消してしまった。主人はまた行《ぎょう》を改める。彼の考によると行さえ改めれば詩か賛か語か録か何《なん》かになるだろうとただ宛《あて》もなく考えているらしい。やがて「天然居士は空間を研究し、論語を読み、焼芋《やきいも》を食い、鼻汁《はな》を垂らす人である」と言文一致体で一気呵成《いっきかせい》に書き流した、何となくごたごたした文章である。それから主人はこれを遠慮なく朗読して、いつになく「ハハハハ面白い」と笑ったが「鼻汁《はな》を垂らすのは、ちと酷《こく》だから消そう」とその句だけへ棒を引く。一本ですむところを二本引き三本引き、奇麗な併行線《へいこうせん》を描《か》く、線がほかの行《ぎょう》まで食《は》み出しても構わず引いている。線が八本並んでもあとの句が出来ないと見えて、今度は筆を捨てて髭《ひげ》を捻《ひね》って見る。文章を髭から捻り出して御覧に入れますと云う見幕《けんまく》で猛烈に捻ってはねじ上げ、ねじ下ろしているところへ、茶の間から妻君《さいくん》が出て来てぴたりと主人の鼻の先へ坐《す》わる。「あなたちょっと」と呼ぶ。「なんだ」と主人は水中で銅鑼《どら》を叩《たた》くような声を出す。返事が気に入らないと見えて妻君はまた「あなたちょっと」と出直す。「なんだよ」と今度は鼻の穴へ親指と人さし指を入れて鼻毛をぐっと抜く。「今月はちっと足りませんが……」「足りんはずはない、医者へも薬礼はすましたし、本屋へも先月払ったじゃないか。今月は余らなければならん」とすまして抜き取った鼻毛を天下の奇観のごとく眺《なが》めている。「それでもあなたが御飯を召し上らんで麺麭《パン》を御食《おた》べになったり、ジャムを御舐《おな》めになるものですから」「元来ジャムは幾缶《いくかん》舐めたのかい」「今月は八つ入《い》りましたよ」「八つ? そんなに舐めた覚えはない」「あなたばかりじゃありません、子供も舐めます」「いくら舐めたって五六円くらいなものだ」と主人は平気な顔で鼻毛を一本一本丁寧に原稿紙の上へ植付ける。肉が付いているのでぴんと針を立てたごとくに立つ。主人は思わぬ発見をして感じ入った体《てい》で、ふっと吹いて見る。粘着力《ねんちゃくりょく》が強いので決して飛ばない。「いやに頑固《がんこ》だな」と主人は一生懸命に吹く。「ジャムばかりじゃないんです、ほかに買わなけりゃ、ならない物もあります」と妻君は大《おおい》に不平な気色《けしき》を両頬に漲《みなぎ》らす。「あるかも知れないさ」と主人はまた指を突っ込んでぐいと鼻毛を抜く。赤いのや、黒いのや、種々の色が交《まじ》る中に一本真白なのがある。大に驚いた様子で穴の開《あ》くほど眺めていた主人は指の股へ挟んだまま、その鼻毛を妻君の顔の前へ出す。「あら、いやだ」と妻君は顔をしかめて、主人の手を突き戻す。「ちょっと見ろ、鼻毛の白髪《しらが》だ」と主人は大に感動した様子である。さすがの妻君も笑いながら茶の間へ這入《はい》る。経済問題は断念したらしい。主人はまた天然居士《てんねんこじ》に取り懸《かか》る。
鼻毛で妻君を追払った主人は、まずこれで安心と云わぬばかりに鼻毛を抜いては原稿をかこうと焦《あせ》る体《てい》であるがなかなか筆は動かない。「焼芋を食うも蛇足《だそく》だ、割愛《かつあい》しよう」とついにこの句も抹殺《まっさつ》する。こういっしゅともあまり唐突《とうとつ》だから已《や》めろ」と惜気もなく筆誅《ひっちゅう》する。余す所は「天然居士は空間を研究し論語を読む人である」と云う一句になってしまった。主人はこれでは何だか簡単過ぎるようだなと考えていたが、ええ面倒臭い、文章は御廃《おはい》しにして、銘だけにしろと、筆を十文字に揮《ふる》って原稿紙の上へ下手な文人画の蘭を勢よくかく。せっかくの苦心も一字残らず落第となった。それから裏を返して「空間に生れ、空間を究《きわ》め、空間に死す。空たり間たり天然居士《てんねんこじ》噫《ああ》」と意味不明な語を連《つら》ねているところへ例のごとく迷亭が這入《はい》って来る。迷亭は人の家《うち》も自分の家も同じものと心得ているのか案内も乞わず、ずかずか上ってくる、のみならず時には勝手口から飄然《ひょうぜん》と舞い込む事もある、心配、遠慮、気兼《きがね》、苦労、を生れる時どこかへ振り落した男である。
「また巨人引力かね」と立ったまま主人に聞く。「そう、いつでも巨人引力ばかり書いてはおらんさ。天然居士の墓銘を撰《せん》しているところなんだ」と大袈裟《おおげさ》な事を云う。「天然居士と云うなあやはり偶然童子のような戒名かね」と迷亭は不相変《あいかわらず》出鱈目《でたらめ》を云う。「偶然童子と云うのもあるのかい」「なに有りゃしないがまずその見当《けんとう》だろうと思っていらあね」「偶然童子と云うのは僕の知ったものじゃないようだが天然居士と云うのは、君の知ってる男だぜ」「一体だれが天然居士なんて名を付けてすましているんだい」「例の曾呂崎《そろさき》の事だ。卒業して大学院へ這入って空間論[と云う題目で研究していたが、あまり勉強し過ぎて腹膜炎で死んでしまった。曾呂崎はあれでも僕の親友なんだからな」「親友でもいいさ、決して悪いと云やしない。しかしその曾呂崎を天然居士に変化させたのは一体誰の所作《しょさ》だい」「僕さ、僕がつけてやったんだ。元来坊主のつける戒名ほど俗なものは無いからな」と天然居士はよほど雅《が》な名のように自慢する。迷亭は笑いながら「まあその墓碑銘《ぼひめい》と云う奴を見せ給え」と原稿を取り上げて「何だ……空間に生れ、空間を究《きわ》め、空間に死す。空たり間たり天然居士|噫《ああ》」と大きな声で読み上《あげ》る。「なるほどこりゃあ善《い》い、天然居士相当のところだ」主人は嬉しそうに「善いだろう」と云う。「この墓銘《ぼめい》を沢庵石《たくあんいし》へ彫《ほ》り付けて本堂の裏手へ力石《ちからいし》のように抛《ほう》り出して置くんだね。雅《が》でいいや、天然居士も浮かばれる訳だ」「僕もそうしようと思っているのさ」と主人は至極《しごく》真面目に答えたが「僕あちょっと失敬するよ、じき帰るから猫にでもからかっていてくれ給え」と迷亭の返事も待たず風然《ふうぜん》と出て行く。
計らずも迷亭先生の接待掛りを命ぜられて無愛想《ぶあいそ》な顔もしていられないから、ニャ ニャ と愛嬌《あいきょう》を振り蒔《ま》いて膝《ひざ》の上へ這《は》い上《あが》って見た。すると迷亭は「イヨ 大分《だいぶ》肥《ふと》ったな、どれ」と無作法《ぶさほう》にも吾輩の襟髪《えりがみ》を攫《つか》んで宙へ釣るす。「あと足をこうぶら下げては、鼠《ねずみ》は取れそうもない、……どうです奥さんこの猫は鼠を捕りますかね」と吾輩ばかりでは不足だと見えて、隣りの室《へや》の妻君に話しかける。「鼠どころじゃございません。御雑煮《おぞうに》を食べて踊りをおどるんですもの」と妻君は飛んだところで旧悪を暴《あば》く。吾輩は宙乗《ちゅうの》りをしながらも少々極りが悪かった。迷亭はまだ吾輩を卸《おろ》してくれない。「なるほど踊りでもおどりそうな顔だ。奥さんこの猫は油断のならない相好《そうごう》ですぜ。昔《むか》しの草双紙《くさぞうし》にある猫又《ねこまた》に似ていますよ」と勝手な事を言いながら、しきりに細君《さいくん》に話しかける。細君は迷惑そうに針仕事の手をやめて座敷へ出てくる。
「どうも御退屈様、もう帰りましょう」と茶を注《つ》ぎ易《か》えて迷亭の前へ出す。「どこへ行ったんですかね」「どこへ参るにも断わって行った事の無い男ですから分りかねますが、大方御医者へでも行ったんでしょう」「甘木さんですか、甘木さんもあんな病人に捕《つら》まっちゃ災難ですな」「へえ」と細君は挨拶のしようもないと見えて簡単な答えをする。迷亭は一向《いっこう》頓着しない。「近頃はどうです、少しは胃の加減が能《い》いんですか」「能《い》いか悪いか頓《とん》と分りません、いくら甘木さんにかかったって、あんなにジャムばかり甞《な》めては胃病の直る訳がないと思います」と細君は先刻《せんこく》の不平を暗《あん》に迷亭に洩《も》らす。「そんなにジャムを甞めるんですかまるで小供のようですね」「ジャムばかりじゃないんで、この頃は胃病の薬だとか云って大根卸《だいこおろ》しを無暗《むやみ》に甞めますので……」「驚ろいたな」と迷亭は感嘆する。「何でも大根卸《だいこおろし》の中にはジヤスタ ゼが有るとか云う話しを新聞で読んでからです」「なるほどそれでジャムの損害を償《つぐな》おうと云う趣向ですな。なかなか考えていらあハハハハ」と迷亭は細君の訴《うったえ》を聞いて大《おおい》に愉快な気色《けしき》である。「この間などは赤ん坊にまで甞めさせまして……」「ジャムをですか」「いいえ大根卸《だいこおろし》を……あなた。坊や御父様がうまいものをやるからおいでてって、――たまに小供を可愛がってくれるかと思うとそんな馬鹿な事ばかりするんです。二三日前《にさんちまえ》には中の娘を抱いて箪笥《たんす》の上へあげましてね……」「どう云う趣向がありました」と迷亭は何を聞いても趣向ずくめに解釈する。「なに趣向も何も有りゃしません、ただその上から飛び下りて見ろと云うんですわ、三つや四つの女の子ですもの、そんな御転婆《おてんば》な事が出来るはずがないです」「なるほどこりゃ趣向が無さ過ぎましたね。しかしあれで腹の中は毒のない善人ですよ」「あの上腹の中に毒があっちゃ、辛防《しんぼう》は出来ませんわ」と細君は大《おおい》に気焔《きえん》を揚げる。「まあそんなに不平を云わんでも善いでさあ。こうやって不足なくその日その日が暮らして行かれれば上《じょう》の分《ぶん》ですよ。苦沙弥君《くしゃみくん》などは道楽はせず、服装にも構わず、地味に世帯向《しょたいむ》きに出来上った人でさあ」と迷亭は柄《がら》にない説教を陽気な調子でやっている。「ところがあなた大違いで……」「何か内々でやりますかね。油断のならない世の中だからね」と飄然《ひょうぜん》とふわふわした返事をする。「ほかの道楽はないですが、無暗《むやみ》に読みもしない本ばかり買いましてね。それも善い加減に見計《みはか》らって買ってくれると善いんですけれど、勝手に丸善へ行っちゃ何冊でも取って来て、月末になると知らん顔をしているんですもの、去年の暮なんか、月々のが溜《たま》って大変困りました」「なあに書物なんか取って来るだけ取って来て構わんですよ。払いをとりに来たら今にやる今にやると云っていりゃ帰ってしまいまさあ」「それでも、そういつまでも引張る訳にも参りませんから」と妻君は憮然《ぶぜん》としている。「それじゃ、訳を話して書籍費《しょじゃくひ》を削減させるさ」「どうして、そんな言《こと》を云ったって、なかなか聞くものですか、この間などは貴様は学者の妻《さい》にも似合わん、毫《ごう》も書籍《しょじゃく》の価値を解しておらん、昔《むか》し羅馬《ロ マ》にこう云う話しがある。後学のため聞いておけと云うんです」「そりゃ面白い、どんな話しですか」迷亭は乗気になる。細君に同情を表しているというよりむしろ好奇心に駆《か》られている。「何んでも昔し羅馬《ロ マ》に樽金《たるきん》とか云う王様があって……」「樽金《たるきん》? 樽金はちと妙ですぜ」「私は唐人《とうじん》の名なんかむずかしくて覚えられませんわ。何でも七代目なんだそうです」「なるほど七代目樽金は妙ですな。ふんその七代目樽金がどうかしましたかい」「あら、あなたまで冷かしては立つ瀬がありませんわ。知っていらっしゃるなら教えて下さればいいじゃありませんか、人の悪い」と、細君は迷亭へ食って掛る。「何冷かすなんて、そんな人の悪い事をする僕じゃない。ただ七代目樽金は振《ふる》ってると思ってね……ええお待ちなさいよ羅馬《ロ マ》の七代目の王様ですね、こうっとたしかには覚えていないがタ クイン・ゼ・プラウドの事でしょう。まあ誰でもいい、その王様がどうしました」「その王様の所へ一人の女が本を九冊持って来て買ってくれないかと云ったんだそうです」「なるほど」「王様がいくらなら売るといって聞いたら大変な高い事を云うんですって、あまり高いもんだから少し負けないかと云うとその女がいきなり九冊の内の三冊を火にくべて焚《や》いてしまったそうです」「惜しい事をしましたな」「その本の内には予言か何かほかで見られない事が書いてあるんですって」「へえ 」「王様は九冊が六冊になったから少しは価《ね》も減ったろうと思って六冊でいくらだと聞くと、やはり元の通り一文も引かないそうです、それは乱暴だと云うと、その女はまた三冊をとって火にくべたそうです。王様はまだ未練があったと見えて、余った三冊をいくらで売ると聞くと、やはり九冊分のねだんをくれと云うそうです。九冊が六冊になり、六冊が三冊になっても代価は、元の通り一厘も引かない、それを引かせようとすると、残ってる三冊も火にくべるかも知れないので、王様はとうとう高い御金を出して焚《や》け余《あま》りの三冊を買ったんですって……どうだこの話しで少しは書物のありがた味《み》が分ったろう、どうだと力味《りき》むのですけれど、私にゃ何がありがたいんだか、まあ分りませんね」と細君は一家の見識を立てて迷亭の返答を促《うな》がす。さすがの迷亭も少々窮したと見えて、袂《たもと》からハンケチを出して吾輩をじゃらしていたが「しかし奥さん」と急に何か考えついたように大きな声を出す。「あんなに本を買って矢鱈《やたら》に詰め込むものだから人から少しは学者だとか何とか云われるんですよ。この間ある文学雑誌を見たら苦沙弥君《くしゃみくん》の評が出ていましたよ」「ほんとに?」と細君は向き直る。主人の評判が気にかかるのは、やはり夫婦と見える。「何とかいてあったんです」「なあに二三行ばかりですがね。苦沙弥君の文は行雲流水《こううんりゅうすい》のごとしとありましたよ」細君は少しにこにこして「それぎりですか」「その次にね――出ずるかと思えば忽《たちま》ち消え、逝《ゆ》いては長《とこしな》えに帰るを忘るとありましたよ」細君は妙な顔をして「賞《ほ》めたんでしょうか」と心元ない調子である。「まあ賞めた方でしょうな」と迷亭は済ましてハンケチを吾輩の眼の前にぶら下げる。「書物は商買道具で仕方もござんすまいが、よっぽど偏屈《へんくつ》でしてねえ」迷亭はまた別途の方面から来たなと思って「偏屈は少々偏屈ですね、学問をするものはどうせあんなですよ」と調子を合わせるような弁護をするような不即不離の妙答をする。「せんだってなどは学校から帰ってすぐわきへ出るのに着物を着換えるのが面倒だものですから、あなた外套《がいとう》も脱がないで、机へ腰を掛けて御飯を食べるのです。御膳《おぜん》を火燵櫓《こたつやぐら》の上へ乗せまして――私は御櫃《おはち》を抱《かか》えて坐っておりましたがおかしくって……」「何だかハイカラの首実検のようですな。しかしそんなところが苦沙弥君の苦沙弥君たるところで――とにかく月並《つきなみ》でない」と切《せつ》ない褒《ほ》め方をする。「月並か月並でないか女には分りませんが、なんぼ何でも、あまり乱暴ですわ」「しかし月並より好いですよ」と無暗に加勢すると細君は不満な様子で「一体、月並月並と皆さんが、よくおっしゃいますが、どんなのが月並なんです」と開き直って月並の定義を質問する、「月並ですか、月並と云うと――さようちと説明しにくいのですが……」「そんな曖昧《あいまい》なものなら月並だって好さそうなものじゃありませんか」と細君は女人《にょにん》一流の論理法で詰め寄せる。「曖昧じゃありませんよ、ちゃんと分っています、ただ説明しにくいだけの事でさあ」「何でも自分の嫌いな事を月並と云うんでしょう」と細君は我《われ》知らず穿《うが》った事を云う。迷亭もこうなると何とか月並の処置を付けなければならぬ仕儀となる。「奥さん、月並と云うのはね、まず年は二八か二九からぬと言わず語らず物思いの間《あいだ》に寝転んでいて、この日や天気晴朗とくると必ず一瓢を携えて墨堤に遊ぶ連中《れんじゅう》を云うんです」「そんな連中があるでしょうか」と細君は分らんものだから好《いい》加減な挨拶をする。「何だかごたごたして私には分りませんわ」とついに我《が》を折る。「それじゃ馬琴《ばきん》の胴へメジョオ・ペンデニスの首をつけて一二年欧州の空気で包んでおくんですね」「そうすると月並が出来るでしょうか」迷亭は返事をしないで笑っている。「何そんな手数《てすう》のかかる事をしないでも出来ます。中学校の生徒に白木屋の番頭を加えて二で割ると立派な月並が出来上ります」「そうでしょうか」と細君は首を捻《ひね》ったまま納得《なっとく》し兼ねたと云う風情《ふぜい》に見える。